善悪二元論って

前の記事のなんとなく続きです。
「世の中に善(正義)と悪はない」と言うのは、分かるような分からないような話ですよね。
誰にとっての善(正義)なのか、誰にとって悪なのか、と言うことでも解釈は変わるでしょうし、
同じ国の中であっても、時代によって、為政者によって基準は変わってきます。
時の流れの中で見てみると、以前とは同じ現象に対して善と悪とがまったく逆転することもあります。
また、これは悪だと思っていたものも、自分の見方が変わると、あるいはその対象(たとえば、人、状況)に対して、追加情報が入ると、全然違う見方が出来ると言うこともあります。
この例としては、7つの習慣でパラダイムシフトの例として取り上げられていた、この話でも分かります。

ある日曜日の朝、地下鉄に乗っていると、一人の男性が子供たちを連れて車両に乗り込んできた。

すぐに子供たちはうるさく騒ぎ出し、それまでの静かな車内の雰囲気は壊されてしまった。

しかし、その子の父親は私の隣に座って、目を閉じたまま、周りの状況にまったく気が付かないようだった。

子供たちは、大声を出したり、物を投げたり、人の新聞まで奪ったりするありさまで、なんとも気に障るものだった。

ところが、隣に座っている男性はそれに対して何もしようとしなかった。

私は、子供たちの行動に対して何ら気にせず注意もしない父親の態度が信じられなかった。

私は耐えられなくなり、彼に向かって非常に控えめに

「あなたのお子さんたちが皆さんの迷惑になっているようですよ。もう少しおとなしくさせることはできないのでしょうか?」

と言ってみた。

彼は目を開けると、まるで始めてその様子に気が付いたかのような表情になり、柔らかい、物静かな声でこう返事した。

「あぁ、本当にそうですね。どうにかしないと・・・。たった今、病院から出てきたところなんです。一時間ほど前に妻が・・・。あの子達の母親が亡くなったものですから、一体どうすればいいのか・・・。子供たちも混乱しているみたいで・・・」

一瞬にしてすべてが変わった。

そして、私がNLPのあるワークをやっている時に、感じたものは、正義と悪があったとして、「悪が何のために存在するのか?」とその肯定的意図(Positive Intention)を聞いてみると、
「正義を守るため」

と、いまだに分かるような分からないような潜在意識からの回答でした。
少なくとも、善悪の二元論で分けることはあまり意味はなさそうです。
もちろん、人間として(?)生きている以上、それぞれの社会の価値観と言うものがあるでしょうし、もちろん法律に反するようなことはしない方がいいでしょう。
ただし、正義・悪と言うものが本当にあるとして、
「それは誰にとって?」
ということを考えてみることは大切かもしれません。
二元論で考えるのは、ラクかもしれませんが、二元論で考えると苦しくなるかもしれません。
仏教の世界では、この世のものはすべて幻、すべて人間の意識が作りあげたものに過ぎない、と言うような考えがありますし、量子力学の世界でもどうやらそれは事実のようです。
悪として例を挙げたものが、読んでいる人にとっては善(正義)であったりすると、上手く意図が伝わらないノイズとなってしまうと思ったので、今回はあえて(?)具体的なものを例示せず、抽象的に(ビッグチャンクで)書いてみました。


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ABOUTこの記事をかいた人

頑張り続けても変われなかった方が、自分らしくゆるやかにブレイクスルーしていくお手伝いをしています。 これまで、1200人以上の方にセッションを提供。 元外資コンサルのコーチ&潜在意識ヒーラー。 少林寺拳法3段。